2012年5月23日 (水)

■金環日食と電波塔と太陽活動

東京スカイツリーというのが開業したとかで、ずいぶんニュースになっている。けれど、そんなに大騒ぎするようなことなのか。私には、そうは思えない。すごく高くて、見晴らしが良いのだそうだけど。どの局のニュースから得られる情報にもそれ以上のものはないのだ。でも、これって電波塔でしょ? ニュースにするなら、電波の事情がどう変わるかぐらいは入れてほしい。それは、さんざん以前に報道していたとしてもだ、いよいよ実施されるのだから、注意すべき人や対象地域というのも、あるのではないか? TVのアンテナは向きを変えなくてよいのか? それとも、スカイツリーができたとしても何も変わらないのだろうか? それなら、わざわざ作る必要はないわけだ。
だいたい、これは一企業のプロジェクトであって、国営ではないのだ。つまり、みんなで営業に力を貸しているわけである。毎日ニュースにする理由がどこにある? テレビメディアは、これからお世話になる(電波を飛ばしてもらう)わけだし、売店では各テレビ局のグッズ売り場?もあるらしいから、利害は一致しているということなのか? まー、どのレポートも内容は見事に空っぽで悲しくなる程だ。現在は、新しい名所として「善なるもの」という扱いだが、もし事故や近隣住民に電磁波による障害が数多く確認される……といった事態でも起こったらどう報道するのだろう。地下にもいろいろ仕掛けがあるようだけど、地盤の弱い地域ですからね~。

金環日食のほうは、自然現象だからまだ許せるところはある。それも、平安時代以来とかの珍しい現象であって、日本の太平洋側の主要な都市が観測可能な範囲だったことも手伝って、かなりの人が観測用グラスを持参して空を見上げたらしい。べつに悪いことではない、と思う。ただ、こういうことに注目する神経があるなら、地球を挟んで太陽と月が反対の位置に来たときとかも注目して良さそうなのだが(笑)、珍しくないもの、目に見えないものはニュースにはならないということか。「太陽が月に隠れて指輪のように細くなるのがキレイ」だの、「これを機にプロポーズ」といった視点からの報道ばかりでうんざりする。

こういうTVメディアの人たちには、太陽の活動がどうなってる、などはどうでも良いのだろう。なにか、目に見えるような異変が起きないかぎりは注目しない。異変というなら、太陽は十分に異常な状態になっているらしいのだけど。いや、何億年も生きている太陽にとっては特別異常なことではないかもしれない。どんなに健康な人でも、ときどき風邪気味になることだってあるだろう。いや、定期的にそうなるという、予定の行動なのかもしれないし。ただ、太陽の活動が長期にわたって低調になると、地球上の人類にとってかなり不都合なことが重なって起こる可能性がある、というだけの話だ。すでに、100年単位での低活動期であることは事実のようだが、ぜひ数千年周期の極小期が早めにやってきた、というのはやめてもらいたい。程度がひどければ、送電システムや電子機器が正常に動作しなくなることも考えられる。インターネットなどは、真っ先に障害が発生しそうだ。

プチ氷河期が来たら、「やっぱ原発を作ったほうがいいゾ」なんて言い出す輩が出てくるんだろうなぁ。もちろん悪い冗談だが、原発では発生した熱の7割は発電ではなく海水を温めるために使われ、結果として冷却用の海水を7度温めるのだそうだ。つまり発生した熱エネルギーを効率よく電気に変えることができずに単純に冷やしているわけで、比率からいえば、発電所ではなく温水所ですな。こっちのほうは、ずっと現実に実行してきたわけだから、冗談じゃ済まされない。
脱原発を太陽光発電普及のきっかけにしようと考えている人もいるわけだし、私も使用量の半分くらいは各戸で自家発電できれば、ずいぶん状況は変わると思うのだが、太陽の活動が低調になると、太陽エネルギーをあてにしたシステムの発電量はずいぶん落ちるのではないかと、ちょっと心配しているところである。

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2012年5月20日 (日)

(29)タブレットの死角

携帯電話がスマートフォンに取って代わられるという運命は、ほぼ決定したようだ。タブレットも市場を確立しつつあるように見える。アンドロイド系タブレットの未来は、多少不確実な要素がまじっているが、iPadのほうに不安はないように見える。現段階で唯一の懸案事項は7インチ問題だけだろう。これだって、いまのままのサイズで重さが半分になれば、文句を言う人はほとんどいなくなるはずだ。最近では多少落ち着いてきたとはいえ、アップルの株価は相変わらず高水準であり、iPadの好調(というパブリシティ)が浸透しているのもその一因と思われる。
ドコモのこの夏の新作は、スマホ一色となったようだ。注目されるのは、スマホ以上タブレット未満の、「ちょっと大きめ液晶」モデルの充実だ。4.5インチ、4.6インチ、4.7インチ、5.0インチと4種類も。ちなみに、先行して発売されている「GALAXY Note SC-05D」は、5.3インチだ。この上のタブレット・ゾーンには、7インチ防水Xiタブレットという魅力的な製品も追加されている。ドコモは、ずいぶんこのゾーンに製品を突っ込んできたものだ。
なかでも面白いのは5.0インチの「Optimus Vu L-06」で、画面のアスペクト比が4:3なので、タテ向きに使用したときに都合が良い旨をアピールしている。「だったら、ほかのタブレットはどうなの?」と言いたいところだが、お客様のニーズに応じて様々な製品から選べるようにするのが日本式の商売ということなんすかね……。

さて、最近「首凝り」に関する本を2冊読んだ(「慢性疲労は首で治せる! (角川oneテーマ21) 」、「パソコン疲れは首で治せる! (アスキー新書) 」。だいぶ前から、肩こり、頭痛、ドライアイ、微熱、および慢性疲労っぽい症状を自覚するようになっていたので、その対策のためである。どちらも松井孝嘉というお医者さんの書いた本で、この方は"あれもクビ凝りこれもクビ凝り"的に、原因の多くを首凝りのせいにしたがっている、と思える節があって少々うっとおしいのだが、首が大切な部位であっていろいろな症状が発生するもとになっているのは、首肯できるところだ。詳しいことは省くが、この先生はノートパソコンよりはデスクトップ型のパソコンを使うべきだという意見で、ノートパソコンを使うなら、画面の高さを上げるべシとおっしゃっている。たしか、アップルの製品付属の文書にも操作姿勢に関するページがあったように記憶している。VDT障害に関しては古くから問題にされてきたし、長時間パソコン(あるいは、椅子に座ったオペレーション)を続ける弊害についても、すでに一般に認知はされているように思う。そう考えると、ノートパソコンは盲点だったかもしれない。ノートの性能が上がり、多くの人が自宅ではノートパソコンを使っているはずだが、どんな姿勢で使われているのだろう? デスクトップよりも置き場所の自由度が高いこともあって、首に負担のかかる姿勢で長時間利用しているケースは多いのではないか?

……しかしそれなら、タブレットはどうなのだろうか? 私見であるが、タブレットを使う時の状況を考えてみると、ノートパソコン以上に条件は悪いように思える。多くの場合、自分でタブレットを支えているはずであり、その場合は水平に近い高い位置でホールドすることは考えられない。つまり、体に近いところで操作している。だから、視線はかなり急角度で下に向けられているはずで、そうだとするなら首への負担はノートパソコン以上であろう。机の上に置いたとしても、机の面に平置きしたなら上から覗き込むように見なければならず、やはり負担はノートより大きなものとなる。そう考えると、スタンドのようなものを使って高い位置に立てて使うようにしたほうが良いだろう。ただ、画面にタッチしなくては操作が進まないので、ガッチリした構造が必要になりそうだ。私はパソコンの大型液晶用のアームにiPadを取り付けて使っていたことがあるが、これはたいへん都合がよかった。
タブレットは、就学前の子供でも容易に操作できることから、低年齢から利用することが考えられているが、あまり長時間使うとさまざまな“首凝りシンドローム”に襲われるかもしれない。体の柔らかい子供は、我々老人とは違うと思うが、それでも注意する必要はあるだろう。

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2012年5月15日 (火)

■原発再稼働…マジか?

デジタル文化と原発はたいして関係ないようにも思うけど、電気がなければデジタルライフはないわけだから、無関心というわけにもいかない。
再稼働に関しては、安全性の再確認と、周辺住民の同意がステップとして必要なわけだ。そんななか、福井県おおい町議会が「再稼働OK」の意向を町長に伝えたと伝えられた。最終的には町長→県知事がクリアされないと再稼働決定にはならないと思うが、「この期に及んで再稼働などありえない」とする反対派には、見過ごせない動きである。

ところがニュース映像を見ると、再稼働に賛成する理由として放送されたのは、「生活には電気が必要だから」といった理由にもならない発言。オイオイ。これだったら、「お腹がすいていたので万引きしました」という人を怒れないことになる。お腹を満たす方法はいろいろあるわけで、食べるのはもちろん合法だが、万引きはいけない。原発の是非を評価しないこの発言には、ホントにビックリする。まー、この人も委員か議員だとすれば、そんなにバカなわけでもないでしょうから、もともと「再稼働ありき」の議論であり結論ということなのだろう。地元の自分たちの利益に目がくらんだ結論で、日本国民全体を危険にさらすのはやめてもらいたい。
いわゆる著名人の中にも、「電気が不足すると産業が影響を受けるので……」という意見が少なからずある。これもレベルはまったく同じだ。原発を止めても(年間を通じて)電気は不足しない、という観測もあるし、その気になればそれは可能であると私も思っている。だが、たとえそうでなくても、この人達の意見は、「事故は起きない」という前提なのだということ。事故が起きるかもしれないという前提で再稼働を認められますか? たぶん、「必ず起きるわけではない」と思っているんでしょうね。そうであるならばタイヘン結構。で、それはどのくらいの確率で保証されているのでしょうか? 先日の筑波の竜巻のようなことは、原発の近くでは絶対起きないんですよね?

原発を動かさないと、「こんなに電気が不足しますよ」という強迫、計画停電すると「こんなに危険なことがありますよ」という強迫、「電気代もこんなに高くなりますよ」という強迫。本来、電力会社と国が解決すべき問題であって、脱原発の動きを理由にするのはスジ違いだ。「節電しないとペナルティ」などというのは、本末転倒、主客逆転、我田引水……なんと言っていいかわからないほど、メチャクチャで、自分の罪を客様のせいにするという見当違いも甚だしい。まったく必要のない計画停電で亡くなった方に、東電はなんと言い訳するのであろうか? 現在のような(再稼働問題)状況になったとき恫喝するのに役に立つと思って計画停電してみた、というのが本当ではないかと私は思っている。電気代の値上げも、厚顔無責任なのは明らかだ。
先日の週刊新潮の別ページに、原発の「危険神話」という言葉が載っていて、ひっくり返るほど驚いた。週刊新潮は原発は安全であって「危険」とさわぐのは「危険神話」に踊らされている、と言いたいらしい。ウラン採掘から廃棄物処理まで、どこをとってもキケンだらけの原子力発電を危険という、そのどこが「神話」なのだろうか。読売ならまだわかるけど、こういう原発擁護のメディアがあるなんて。

電力会社の責任が大きいのはもちろんだが、政府の動きも問題だらけだ。大本の責任は自民党政権時代の政府にあるのだから、民主党政権になって改革が進むと思いきや、とくべつ新しい政策は皆無で「これだったら自民党でも同じだったか」と選択を後悔したくなる。といって、すぐに自民党復活とはならないはずだが、だから逆に国民の失望感は大きい。今となってみれば、最期のスカシッペ的に東海原発緊急停止を実現した菅直人が唯一の功績だったりして。
東京電力にお金がないなら、送電部門を分離して売却すればずいぶんお金になるはずだ(要望されているし)。尖閣列島を購入して、米軍の駐留基地と原発を誘致するくらいの政治決断ができる政治家が現れないと、何も進まない気がする(実現性があるとか、名案だという意味ではないので、念のため)。
少なくとも、各自治体の長は、再稼働を認める前に、"フクシマ"の惨状を視察する必要があるだろう。

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2012年5月11日 (金)

■「風評被害」ですか?

手元に5月17日の週刊新潮がある。そこに『「武田邦彦」センセイ曰く「あと3年で日本に住めなくなる」』という短い記事がある。「不安を煽る罪悪」という小見出しにもあるように、この記事を書いた人は武田教授の活動を批判したいという意図があるようだ。だが、……。
放射線にどの程度なら被爆しても安全かという"許容量"というのは、実はないらしい。だからどんな場合も、どんなにわずかでも被爆はしないほうが良い。最小限で抑えるべきものである。また、線量が少し高くなっても、被爆した全員に同じように症状が出るというものではない(低線量下における仮説)。
そこで、年間1ミリシーベルトというのは何なのかというと、少ないほうが良いと言っても目安にならないので「守るべき目安」として、これ以下なら問題にならない(外部)被ばく量として国際放射線防護委員会(ICRP)で決められた値である。これは、この記者が言うように武田教授が決めたわけではないし、これ以上ならすぐ危険という値でもない。だが。守ると決めた以上は、これ以上にならないように努力すべきだろう。
ちなみに、「自然界ではもっと高い値を示す場所があるから」とか「飛行機に乗れば上空で高い線量の放射線を受ける」から「××くらいの線量は平気だ」という人がいるが、これも上記の趣旨からいってナンセンスな理論だということがわかるだろう。そうだとすれば、人工的な被爆量はなお一層少ないレベルに抑えるべきなのである。
この記事では、ある地域の空間線量が徐々に上がっているというデータをもとに、「このまま上がり続ければ3年後には年間5ミリシーベルトを超える計算になる」→「国が決めた基準値を超える」→「日本には住めない」という理論らしい。これがほんとに、武田教授の言おうとしたストーリーなのか、この記者の曲解なのか私にはわからないが、日本中に飛び散った放射能にまったく配慮をしないメディアや行政、原子力関係者にはあきれるばかりである。
たとえば、東京湾の河口付近の泥の放射線量が何十倍にハネ上がろうと、「魚が食べても内蔵には吸着しないから大丈夫」といった楽観的な見解を示すばかり。こういう研究者は、ドロを測るのが仕事であって、考え付かなかった(想定外の)理由で問題が起きれば、また別な専門家が計算をし直すだけの話。この人たちを信じて病気になっても責任をとってくれるわけではない。こういう研究者や学者先生ばかりの中、武田教授はわれわれが安全に生活していくためには、どのように放射線の影響を考えればよいかを、わかりやすい数字で示そうとしている数少ない人だ。ときどき間違ったことも言うかもしれないが、原発事故に関して言えば、東電や政府関係機関から正確な情報が出ないのが主な原因だと思う。この記者は、原子力安全委員会委員も務めた武田教授を「原子力の専門家じゃない」と言いたいようだが、今問題を起こしていて、かつ事態を収拾できないでいるのは、むしろそうした専門家であって、国民はそうした原子力村の構成員の言うことはほぼ信用していないということを、この記者は知らねばならない。
政府は方策が見つからないから放置を決め込んでいるが、福島県の住民はどうなるのだろう?このまま住み続けて安全なのだろうか? 
少し前から気になっているのは、被災地の業者がTVの取材に対して「風評被害で影響が出ている」というコメントをすることがあることだ。また、メディアも好んでそこを編集して使っているように見える。「風評被害」とは、実際には問題ないのに間違った評判や噂で被害が出ることを言うのである。だが残念ながら、福島県の半分は立ち入り禁止にすべき区域だし、残りの半分も好んで立ち入るべき地域ではないと私は考えている。だから、旅行で福島県の旅館に宿泊する人が減ったとしても、それは風評被害でもなんでもない。汚染された農作物を消費者が買わなかったとしても、それも違う。地元の人が「風評被害」と言いたい気持ちはわかるが、わざわざそれを全国に放送しようとする意図は何だろうか? なんだか、日本のメディアは、ばらまかれた放射性物質をなかったことにしたいと考えているようだ。少なくとも、日本列島に降り注いだ放射性物質は、徐々になくなりつつある→事故の影響は減っている→収束に向かっている、と考えたいのだろう。だから、武田教授のように増えているなんて言う意見は封殺したいのだ……というのは考えすぎだろうか?
ばらまかれた放射性物質は、もともと東電のものだから東電の責任で回収してもらいたい、という京大の小出裕章さんの意見に賛成したい。

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2012年5月 6日 (日)

■全原発停止!(恥ずかしながら日本人です)

福島の事故後、原発については少し勉強した。けれど「のど元過ぎれば……」の諺どおり、最近では線量計のスイッチも入れてないし、とくべつ運動もしていない。ちなみに、我が家は東京新聞を購読しており、他紙に比べて原発に関して詳しい記事が一面から展開されているので、なるべく読むようにはしている。原発関連の情報に興味があるなら、(他紙はやめて)ぜひ購読をお勧めする。閑話休題。
「泊原発って、事故後に再稼働したんじゃなかったっけ~」という程度の認識であった。全原発停止のニュースで、一番の疑問はソレだった。最後に残っていたのが泊原発?
調べてみると、昨年8月に再稼働したのは間違いない。それが一年しないうちに定期検査ってどーゆーこと? 3-4年ほど前には「 従来13カ月で点検していたものを、24カ月に延ばす」みたいな論議があったと思うのだが、この期間は「最長」ということであって、短い分には問題ないということなのか。もちろん、頻繁に点検で停止していては効率が悪いわけだが。どうしていま定期点検に入ったのか、ニュースではその理由が伝えられていない。間抜けである。(*1)(*2)(*3)
いずれにしても、泊原発が注目されるのは、再稼働のカギを握る自治体の長である高橋はるみ道知事が再稼働に前向きだからである。その理由というのが、「知事の資金管理団体の会長が、北海道電力元会長の南山英雄であり、北海道電力役員の個人献金も明らかになっている……」と疑われているのだから、注目されるのは当然だろう。
交付金と固定資産税など予算の70%が原発マネー? 村や町は大変ですね。でも、原発マネーが欲しくて仕方ない他の自治体も、再稼働を望むのではなく、別な道を早めに探すべきだろう。
「原発の安全性が確認された」とたわごとをノタマウ政府関係者がいるが、国民には原発そのものが安全ではないことがわかっているのだから、「安全性を確認する」という姿勢そのものが疑問の目で見られていることに気付くべきである。脱原発のロードマップを早めに示さないと、国政レベルでは選挙には勝てないのではないか? 今なら、脱原発をカンバンに掲げている共産党が改名して選挙に出たら、たぶん勝てると思う。
使用済み核燃料はどうするのか? 吹き飛んだ福島原発の搭屋内に仮収容?されていた使用済み核燃料はいまどうなっているのか? 4号機だけでも炉内の2.5倍の量が、もともと無防備なプール内にあったという。まさか事故前と同じ状態でプール内にあるとは誰も信じていないだろう。奇跡的に水につかっているという説もあるが、水はすでに無くなっているとの観測もある(全部なかったら、ただじゃ済まないでしょうけど)。まだ、とてもキケンな状態である。
もう日本国中、いや世界中に放射性物質をばらまいてしまった。しかも、だれも責任を取らない。すでに責任のとれる範囲は超えているかもしれないが。いつまで自然災害だと言い張っるつもりなのだろうか。これ以上の事故は、起こしたら終わりと思ったほうがいい。
せめて知り得た事実は知らせるべきだろう。事故直後も知っていながら知らんぷりで、相変わらず決定的に高線量の地域に住民を放置する行政というのは、もう論外である。「真実を伝えるとパニックになるから、そのままそこで被爆しなさい」というのが現政権の政策らしい。ブッシュ政権下のアメリカ国民も肩身の狭い思いをしただろうが、これから先日本人として生きていくのはちょっとつらいかもしれない。

(*1)泊原発3号機は、2009年12月に営業運転を開始。2011年1月5日に第1回定期検査に入り、3月7日に調整運転を開始(つまり点検は終了した)。しかし、直後の3月11日に福島の事故が起き、北海道電力は営業運転再開の申請を延期。8月に定期検査修了が認められるまで4か月間「調整運転」した。つまり、第1回定期検査までは24カ月。第2回定期検査が2012年5月5日だから、第1回定期検査入りからは16カ月である。

(*2)平成21年1月から検査制度が「各プラントの特性に応じて最適な検査を実施する」方向で見直された。この結果、検査間隔を13カ月以上として問題ないかを審査して、「13カ月以内」「18カ月以内」「24カ月以内」に区分するらしい(ネタ元)。このソースによれば、期間は運転開始から終了までだから、泊原発の場合「再開が認められた日時」だと9カ月程度、実質定期検査終了時からだと14カ月ということになるだろう。

(*3)以上からすると、今回の検査が特別短いインターバルで実施されたわけではないようだ。しかし、比較的新しい泊原発3号機でも、ほぼ1年ごとに定期検査を行う必要があるわけである。すごく安全に配慮しているとも考えられるが、ずいぶん効率が悪いとも言える。

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2012年5月 3日 (木)

■懐かしい「Love Of My Life」

フレディの力強い歌声よりも、ブライアンの優しい歌声のほうがこの曲には合っているような気がして好きだ。12弦ギターも弾きたいと思うけど、普通のギターでさえショートスケール好みなほど手のひらのサイズが小さい(繊細なつくりだから)ので、12弦ともなれば幅広で弦を押さえる力も多少必要だから、めずらしく手に入れたことがない。Ovationだったら弾けるのではないかと何度か思ったけど、寸前のところで思いとどまっている。GarageBandで我慢するのだ!
この曲、一般的には「女に逃げられたところなんだけど、いつまでも忘れられない女々しい(笑)男の歌」という解釈なのだけど、本当にそうなのか?
ふつうに、さらっと聞いていると「それでいいのかな」と思うのだが、サビの部分がちょっと引っかかる。それに、各ブロックの後半「Bring it back ……」の部分の解釈だ。自分の意志で別れていこうとする女性に「Bring it back」とか「you don't know what it means to me」というのは、どういうこと? 「it」は自分の「愛」という解釈が多いようだけど、そうなのかなぁ。
ブロックの後半は、女性にではなく「神様にお願いしている」と考えることもできるような気がする(you=神様、だったら大文字かな?)。それは、サビの部分がちょっと意味ありげで、「女性が事故などで急にいなくなった」というシチュエーションか?とも考えられるからである。大切な人が、もう死んでしまったのに、神様に「返せ!」と叫ぶ。……悲しいですね(笑)。でも、本人に「帰ってきて」とお願いするのは、もっと悲しいような? このサビの部分の最初のフレーズが、アーチストやバージョンによって、"Who will remember" "You will remember" "You won't remember"と三種類あるというのも気になるところだ。う~ん。細かいところが気になる、僕の悪い癖(笑)。
そんなわけで、またまた訳詞に挑戦してみました。

- Love Of My Life -        written by Freddie Mercury

最愛の人 - 君は僕を傷つけた
心を切り裂き、去ってゆくなんて
最愛の人よ、わからないのか?
だめ、だめ、行かないで
僕にとってどんなに大事か
君はわかってないんだ

最愛の人 -離れて行かないで
僕の心を奪い、そして見捨てるなんて
最愛の人よ、わからないのか?
だめ、だめ、行かないで
僕にとってどんなに大事か
君はわかってないんだ

覚えているよね
吹き飛んだ感じがしたさ
すべてがまだ途中だったのに
歳をとってもきっと君のそばにいる
どんなに愛しているか
君が忘れないように……

戻って、急いで
家に帰ってきて
だって僕にはどんなに大切だったか
君はまだ知らないから
最愛の人
運命の人

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■GarageBandで12弦ギター

せっかくiPhoneにGarageBand入れたのに何も進まずなのだが、MacBookにiLifeが入ったので、ちょっとだけGarageBandを触ってみた。もともと新しいバージョンを入れたのは、「12弦ギターのエフェクターというのはないのかな?」と考えていたところに、「新しいGarageBandで出来る」という記事を(ずいぶん昔に)読んだので、使ってみたかったのである。ところが、どこを探してもそんな音源は見つからなかった。
ネットをすこし調べてみると、本体には入ってなくて「Jam Pack 」というオプションに入っていたらしい。「た」と過去形なのは、「Jam Pack 」はその後、「Jam Pack 2」~「Jam Pack 5」まで発売され、もとの製品も「Jam Pack 1」と改められたが、すでに単体販売は終了しているからだ。おまけに、当時は各1万円程度もする高額商品だ(笑)。それならば、オークションか?と思って探してみたが、ぽつぽつJam Packの出品はあるものの、お目当ての「1」はなかなか出品されないようだ。
Tuikacontところがさらに調べてみると、最近発売されたアップル社の「MainStage」(最新版はMainStage2)を購入すると、音源やAppleLoopの追加ダウンロードが(無償で)可能となるらしいことが判明。正確なリストを比較したわけではないが、「Jam Pack 1~5」すべて含まれており、ダウンロードできるようだ。もろもろ合わせて18.5GB程度となるので、WiMAX態勢の我が家では数時間は覚悟しなくてはならない。けれど「MainStage 2」は、Mac App Storeで2600円なんですよ。もちろん、即ダウンロード。といっても、やはり何度か中断されてしまうので、マニュアルで数GBずつに分けてダウンロード&インストールを繰り返して……無事終了。お目当てのソフトウェア音源「12 String Acoustic」も発見できた。
さて、ギターをつないで鳴らしてみようと思ったが、うまくいかない。ソフトウェア音源を使ってダイレクトにギター演奏するのはダメらしい。「USB、MIDI、オンスクリーンキーボードが対象」と書いてある。USB接続ならOKなのか?
それで仕方なく、まずはMIDIファイルで使ってみることにした。取り出したファイルは、Queenの「Love Of My Life」。古いライブでは、ブライアン・メイがOvationの12弦ギターを演奏していた。GarageBandはMIDIファイルを直接読めないので、一回読める形に変換する必要がある。以前からこういう仕様なんだけど、この「11」でもまだそうなのかなぁ。仕方なく有名な「Dent Du MIDI」というアプリのお世話になる。変換後コピペしたトラックに、12弦ギターの音源を指定。テンポを少し落とすと大分雰囲気が出てきた。ちょっとハープシコードみたいだけど、この曲にはそれも合ってる。
それにしても、懐かしいなぁ、この曲。歌がうまかったら、歌入れするんだけど。

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2012年5月 1日 (火)

■MacBookのHDD換装とOSのアップを同時敢行!

またまた、ごく普通の情報で恐縮。OSのアップグレードを考えていたのだが、ハードディスクの容量も残り少なくなってきたこともあり、一気にHDDの換装とアップグレードを敢行する計画を立てた。昔だったら、新しいOSをインストールしてから、アプリも何もかも再インストールする必要があったのだけれど、最近では「復元」という機能を使うとこの再インストールを回避できるらしい。うまくいくのかわからないが、やってみることにした。思えば、ずいぶんこの手のことをしていない。
なんで最近こうした作業をしていなかったのかというと、もともとの起動ドライブの容量が増えてきたせいだと思う。7年以上前だと、ノートはもちろん、デスクトップ型でもたいして容量は大きくない。ノートで100GB,デスクトップで250GB以下だと、アプリやデータが増えてくるとじきに手詰まりとなる。それが、起動ドライブが大きくなったことで、ハードディスクの換装などする必要がめっきり減ったということなのだろう。

ところが、まずOSが立ち上がらない。何度やってもディスクが排出されてしまう。起動どころか、デスクトップにマウントもされないのだ。えええ~、と思って他のディスクを入れてみるとちゃんとマウントされる。おやおや、ドライブ(UJ-857E)なのかディスクの不良なのか……。ちなみに、OSだけではなく、iLifeのDVDも同様だ。ほかのMacintoshでは、ちゃんと読めるのだから、かなりドライブの問題だと思うけど。このとき確認に使用した別のiMacでは、ディスクが取り出せなくなるというトラブルに遭遇! 今日は星のめぐりあわせが悪いのか? 最近使ってないしなぁ……。
仕方なくネットで検索してみると、この時期のMacBookには「CDは読むけどDVDは読まない」などといった中途半端な症状がかなりあるらしい。その場合、複製を作ってうまくいった例もあるという。だが、OSのほうは6.8GBもあって、当方には2層のメディアの買い置きはなく複製は作れない。ブルーレイならあるんだけど……。試みにiLifeの複製を作ってみてもさっぱり読み込まない。DVDがダメなクチかもしれない。そこで、仕方なくUSB接続のブルーレイドライブをMacBookに接続してみた。これならちゃんとマウントするし、起動もできる。ヤハリ、外付けドライブがあると救われます。

こうして、やっとMacOS X 10.6.3のディスクから起動して、とりあえずUSBケースに入れた500GBのHDDのパーティションを350/150に設定。その後、内蔵ドライブのMacintosh HDを、新しい350GBに「復元」した。その後、このパーティションに10.6をインストールする。(本来、この手順はおかしいと思うのだが、この順番でも問題ないようだ)150GBのほうには、後程Windows 7を入れようと思っている。
このMacBookは、もともと160GBのHDDを内蔵していたが、Windowsに40GB割り当てていたので、マック側は120GB、それももう残りわずかだったのだ。そこで一気に起動ドライブにSSDを投入+大容量HDDを追加する……つもりだったのだが、とりあえずHDDだけ換装し、様子を見てSSD導入……というシナリオとなった。新しいHDDは7200rpmなので、ある程度キビキビ動いてくれるのではないか。ま、こんなに読まない光学ドライブなら、さっさと取り外しても惜しくないですけどねぇ。

10.6.3のインストールは、なんとか完了。そこで、最新版の10.6.8にすべく、「ソフトウェア・アップデート」を実行しておく。BootCampもアップデートした最新版でないとWindows 7に対応しない。iWork09とiLife'11は、今回新しく用意したものを入れることにする。
iWork09はすんなりインストールが終了した。ところが、iLifeでつまずいた。何度やってもインストールに失敗する。カスタムインストールで条件を変えてもダメ。ディスク・ユーティリティでアクセス権の修復などを試みるも、あえなく失敗。再度ネット検索していると、やっとのことで解答を発見した。どうやら10.6.8とiLife'11のインストーラは相性が悪いらしい。アップルのサポートサイトから「インストーラ・アップデート 」をダウンロードしてインストールした後、あらためてiLife '11をインストールすると、問題なく終了した。
つまり、先に10.6.8にアップデートしたのが敗因ということなのだろう。これに気付くまでに、ずいぶん時間がかかっている。iLifeはそろそろ新しいバージョンが発売されるかという時期だし、古い本体に、古いOSという組み合わせで起きる不具合なんて、本気で取り組みたくない気持ちはわからなくはないけど、絶対あり得る組み合わせなわけだから、なんとかもう少しわかりやすく告知していただけると時間が節約できるのですけどね。

Apple ソフトウェア・インストーラ・アップデート 1.0
「このアップデートにより、一部の Apple ソフトウェアがインストールできない問題が解決されます。このアップデートは、Mac OS X 10.6.8 を実行中のすべてのユーザに推奨されます。」

アップル社は良い製品を作っていると思うが、こういうところには“革命”は起きていないのだった。これから製品を買う人に対応することはできるが、すでに持っているユーザーに都合の悪い情報を浸透させるのは、メーカーとして難しい面があるのはよくわかる。しかし、このアバウトな説明文はちょっとね。

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2012年4月28日 (土)

■目に余る「相棒」の再放送

最近のテレビ朝日の「相棒」がつまらないのは衆知の事実である。「最近のほうが面白い」という人には会ったことがない。シリーズ10作目ともなれば、もう手を尽くした感じで、次第に面白くなくなるというのもわからなくはない。ところが、どうも「相棒」の場合は別なファクターも働いているような気がする。私は、特別業界通というわけではないので、制作の裏事情に精通しているわけではないけれど、表側から見ても妙な感じなのだ。視聴率を見ると、シーズン9が良いようだが、内容はどうだろうか?

事の起こりはシーズン7途中の急な寺脇康文(亀山薫役)降板劇だろう。原因や真相は、たぶんネット上にいくらも記事があるだろうから、そちらに譲ることにするが、一緒にお相手の美和子さん(鈴木砂羽)もいなくなってしまう。彼女は新聞記者役で、事件の捜査にかかわることがあり、単なるにぎやかしではなかった。それに、たまきさんのやってる小料理屋「花の里」もなくなってしまう(シーズン10では別人が引き継いで再開するが、不自然)。最大の欠点は、特命係を発足させ、庇護してきた官房長小野田公顕(岸部一徳)がいなくなってしまったことだ。彼がいなくなっては、特命係の存続はほぼ不可能だったはずなのに。それに、政界や政治家国家権力がらみの大型事件にはかかせないキャラだった。このように、せっかく作り上げた相棒の周辺キャラをすべて取り払ってしまったのだがら、話が一本調子でつまらなくなるのは目に見えている。まさか、一課の三人組で穴埋めできると思っているのだろうか?
おまけに、主人公杉下右京役の水谷豊は、それほど芸達者な役者というわけではない。人気はともかく芝居としてはワンパターンだ。むしろ相棒役の寺脇や岸部など脇を固める俳優のほうが面白い。もう少し言えば、これらの俗世間に染まったキャラと杉下右京のキャラの軋轢が、「相棒」というドラマの中核だったはずではないのか? もちろん、そうして出来上がったものが面白ければそれでよいわけだが、固めていた周辺を丸ごと取り去ってしまったのだから、話の筋は別にしても、面白度が半減しているのは仕方ないところだ。シーズン8以降では、鑑識の米沢さん、「暇か?」課長くらいしかキャラとして成立していない。相棒役のソン君はミスキャスト以外の言葉を知らない。本人の問題というより、ピースとしてハマってない感じ。ソン君が最初に登場した回で、右京さんは「君は亀山君の代わりにはならない」と言い放つのである。私はこのセリフから、TV制作の上層部と現場のスタッフには、この当時軋轢があったのではないかと推察するのであるが……。
どうやら寺脇事件以降、主役よりあきらかに格下で芝居もうまくない俳優をキャスティングすることにしたのではないか(制作上層部 or 水谷豊サイドの意向?)。あるいは、コスト的にギャラの高い俳優を避けたら自動的にそうなった(笑)、ということかもしれない。新しいシーズン11以降の相棒も、あきらかにこの路線のようだ。すべてにおいて能力の劣った(選んだ俳優からしてドラマ内のキャラとして、それ以外作りようがないだろう)相棒を組み合わせてどう話を作るのか、ちょっと首をひねってしまうが、面白いシリーズになることを期待している。

それより、最近気になるのは、「相棒」の再放送だ。
「相棒」の再放送は、何度見た回でもまた見てしまう。母も楽しみにしており、会話の途中で突然「今日はあるの?」と質問された場合、それは「相棒」の再放送のことなのである(笑)。ところが、再放送の仕方がちょっと気に入らない。番組の切れ目がなく、ほかの番組と「抱き合わせ」的な放映が多いのだ。人気シリーズの再放送と一緒に別なシリーズも売り込もうとしているのだろうか? ハードディスクに「相棒」だけを録画しようとしても、他の番組とくっついていてワンタッチで録画できないのである。おまけに、最近は水谷豊主演の映画「HOME 愛しの座敷わらし」公開記念だとかで、この映画の宣伝が番組中の画面にも入っている。おまけにTV番組表の表記が、もうメチャクチャである。ちなみに、今日の番組表は「“相棒祭り”4時間&映画HOME愛しの座敷わらし公開SP!」とか「相棒祭まるごと4時間▽映画HOME愛しの座敷わらし本日公開!▽相棒-劇場版-あす夜9時放送……」とか書いてあるが、今日の放送の内容はいったい何? ただで映画の宣伝ができる都合の良いスペースだと考えているのかもしれないが、視聴者無視も甚だしいと思う。

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2012年4月26日 (木)

■今どきのMacOSのアップグレード

先日、アップル社が発表した「iBooks Author」を使ってみようと思ったのだが、インストールしようとしたのが10.5が入っているMacBookだった。このときの動作条件はたしか「Mac OS X 10.6.6 以降」となっており、アップグレードが必要だということがわかった(現在は10.7.2以降)。まぁ、いつまでも古いOSのままってのもな、とは考えていたので、別に驚くにはあたらない。
私はDTP系のお仕事をすることがあるので、むしろ「最新のOSやソフトは使わないようにすべき」というのが常識として染みついている。DTPの仕事では、出力側の検証が済んで、十分なノウハウが蓄積するまでは使わないほうが安全である。印刷の工程の途中で、「やってみたけどダメでした」なんてことはあってはならないのである。だから、実績のある組み合わせしか使わないし、一世代、二世代前くらいがちょうど良いのである。
ま、それはそれとして、ここはひとつ最新のOSが動くようにしておこうと思い、最新版の10.7を入れることにした。そういえば、ここしばらくOSを入れ替えるなんてやってなかった。新しいOSなんだからお店にあるんだろうと、出かけたついでに売り場に行ってみると、どこにも見当たらない。この店で少し前まではOSのパッケージ(Loepard?)を見た記憶があるのだが……。そこで売り場の人に聞いてみると、現在では、OSは店頭販売していないのだという。えっ、マジすか? じゃあ、今すぐは入手できないわけだ。オンラインで注文? 予定が狂っちゃうな。
帰ってアップルのサイトを見ると、10.7はダウンロード販売(またはUSBメモリ版)しかしないらしい。それに、10.5からいきなり10.7にはアップできないのだ。「まず、10.6(最新版のSnow Leopard v10.6.6~8)にしてください」ということらしい。DTPで使っている10.4のiMacもあるんですけど、これはどうしたらいいんでしょうね?
どうもOSのアップグレードに関しては、少々問題がある気がする。前から10.4から10.6にジャンプアップするようなアップグレードも基本的にはできない(と思わせている?)だったのだが、クリーンインストール可能な「Mac Box Set」という、OS、iLife、iWorkがセットになった製品では可能であった。ところが、この製品は現在入手できない。だから、10.4を使っている人が10.6以降にアップグレードする通常の手段は用意されていないわけである。実際してはいけないとは書いてないし、事実可能であるという説もある。DVDから起動すれば問題ないんじゃないですかね?
「MacOSの価格は、他社のOSに比べると安く設定されている」という主張もあるだろう。だから、さっさとアップグレードしておきなさいとでも言うつもりなのだろうか? MacOSは自社のマシンでしか動作しないのだから、安くて当たり前だという考えの人もいる。これまで有償だった、マイナーな小数点以下のアップデートは全部無料でも良いかもしれないと思う。キャッシュがたまって困っているなら、こういうところでユーザーを大事にしておいたらどうか(笑)。10.7のダウンロード価格は2600円だから、絶対値として高額とは言えないが、無料だったらもっとマックが活用されるのではないだろうか?

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