ふるい林檎箱の中に

2011年12月18日 (日)

●「林檎の樹の下で」を読む

「林檎の樹の下で」を読んだ。「林檎の樹の下で(リンゴの木の下で)」は、その昔ディック・ミネが歌ってヒットした曲のタイトルだが、こちらは斎藤 由多加氏の書籍で、古くからのアップルファンにはお馴染みだろう。だが、私はこれまでこの本を読んでいなかった。理由は、

・たぶん知った名前が出てくるだろうから、間違ったことが書いてあると気持ちが悪い
・製品技術情報以外の、販売や人物評には興味がない

ということだったように思う。ところが一昨日、大掃除中でリストラ大作戦中の書庫でこの本を見つけたのである。
最近、ブログを書き始めてから古いことが気になりだしている。そうすると、そういう関連情報が自然と集まり出す。引き寄せの術である。以前仕事場に使っていた場所からも、アップル関連のマニュアルやら書籍などが“出土”している。ところが私には、この本を買った記憶がない。見つけたのは旧版で、この本はすでに改版され表紙などが変わっている。購入したとすればずいぶん以前のことになるだろう。
本を開いてみると、スリップ(短冊)が入ったままだ。そうすると、これは本屋さんで万引きしたモノか……。(笑)いやいやそんなはずはない。思い出したのは、著者の斎藤氏に仕事上のお願いがあってお会いした時のことだ。たぶん、その折に頂いたものだろう。それにしても、頂いたのに読んでいなかったとすれば、ずいぶん失礼な話である。読後の感想も、頂いたお礼もしていなかっただろうか? 記憶力はスゴク良い方なので(笑)、ほんとうはずっと前に読んだのかも知れないし、お礼もしたかもしれないけど、もう時効ということでお許し頂きたい。
だが、この本のタイトルはずっと記憶にあった。とても印象に残るよいタイトルである。これは、連載当時の雑誌マックワールドの副編集長がつけたものらしい。オシャレである。たぶん、いまなら面白く読めるんじゃないか……と、読んでみることにした。

この本は、サブタイトルに「アップル日本上陸の軌跡」とあるように、アップル本社と日本国内でアップル製品を販売する各社の悲喜交々(笑)を書いたものである。著者の斎藤さんは当時現場にはいなかったことを考えると、ここまで歴史に迫るための取材は、とてもたいへんだったと思う。力作であって大きな問題はどこにもない。だが、この物語の中には勝者はいない。米国本社自体が体勢が固まっていない上、創業者のジョブズを追放するという時期だったわけで、その大波を被って、右往左往する国内各社の姿が痛々しい。私は、この波の中には途中までしかいなかったが、読んでいてつらくなる種類の話だ。ストーリーは、「そーゆー、激動の時代だったのよ」ということでよいのだが、それに「林檎の樹の下で」というタイトルは、少しノンビリし過ぎてやしないだろうか? 少し甘く、ファンタジーが過ぎる気がする。実は、私はこのタイトル、イイナと思いつつずっと違和感を感じていた。その理由が、最後まで読んでやっとわかったのである。私が担当の編集者でこのタイトルを思いついたら、どうするだろうか?
<おまけ>
この本の口絵にあるESD忘年会の写真に私は写っていない。時期的に工学社の星さんや筑波の所長が映っているのにどうしてか……、としばらく考えてわかった。この写真もたぶん私が撮影しているのだ。写真は曽田さん提供となっているが、曽田さんは写真の中に映っている。セルタイマーで撮影された感じの写真でもないし、たぶん間違いないだろう。本文には9名参加と書かれているが、映っているのは8名だし。プレイバッハは、私が行ったことのあるあるお店の中で、最もトイレが豪華で広く美しい店だった。店舗トイレの白眉であったと思う(笑)。

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2011年12月15日 (木)

●Macテクノロジー研究所と松田さんのこと

当ブログを松田純一さんの「Macテクノロジー研究所」で紹介していただいた。ありがたいことです。当研究所のような出来たてとは違って、あちらは開所後8年、一日平均10万アクセスもあるという立派な研究所なのだ。そして新製品の情報から、昔懐かしいアップル関連の記事や資料など貴重なお宝が発見できる場所だ。わたしもよくネタを探しにお邪魔している。その紹介記事にもあるとおり、松田さんとはESD時代に親しくお話しした記憶はなく、戸建ての一軒家で開催したアップルの発表会みたいな場所で名刺交換したことがあったと記憶している。たぶん、Performerの発表会じゃなかったかと思う。

紹介記事にある「1980年代初頭のイーエスディラボラトリ社」の写真は懐かしい。

「ちなみに、ライトペンを持って操作しているのが私です。この写真を撮影したのも、たぶん私だと思います。当時は、カタログなどはプロの友人カメラマンに依頼してましたが、ちょっとした撮影は自分でやってましたね。スナップ写真は水島さんもよく撮影してました。机の右端にあるアンペックス(*)のリムーバブル・ハードディスクはすごかったですね。アクセスする度にゴンってヘッドが動いて机が揺れるんです(笑)。当時としては珍しいリムーバブルですけど、3MBだったか5MBだったか。いまじゃ、USBメモリだってこの1000倍も容量がありますよね。この写真は南山堂ビルですね。これ以前の東大正門前を入ったところの幸伸ビル時代が「伝説」だと思うんですけど、何分記憶力が悪くって面白い話ができません(笑)。いま、ネットで検索してみたら貸しビル情報に引っかかりました。1Fがクロネコになってます! ESDが入っていたのは2Fです。」(本人談)

(*)初出で「カーバス(コーバス)」と書いたのは記憶違い。アンペックスはドライブ自体のメーカーで、AppleII用のインターフェースを米国のサードパーティが開発していた。こういうのを作って売れると思っていたところがスゴイですね。

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