今はまだジョブズが創った未来

2015年4月 1日 (水)

■「リベラルアーツって何?」がやっと解決した件

スティーブ・ジョブズがプレゼンなどで「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」とやってから、このフレーズはアップル製品の特徴を表す言葉として有名になった。これに関しては、私もすでに2度<「iPadにとって美とは何か?」(11)リベラルアーツの意味、(14)リベラルアーツの意味(その2)>で考察を試みるも、「リベラルアーツ」の解釈に手を焼き、「やっぱ、教養ってことでいーんじゃない」といった未消化な結論で終わっていた。

日本の大学で、「一般教養」というと、専門分野に進むための基礎学問と考えられているのではないだろうか? しかし、山田順(ジャーナリスト)は、「欧米の学問体系は大きく2つに分かれている。ひとつは「アート(art)」で、もうひとつは「サイエンス(science)」である。ー中略ー アートは「人間がつくったもの」のことを指し、ー中略ー サイエンスは何かというと、「神がつくった世界=自然(ネイチャー)」を研究する科目だ。」という。そして、「リベラルアーツは、一言で言うと、こうした欧米の学問体系の「基礎」「入口」である(『本物のリベラルアーツを日本人は知らない』東洋経済ONLINE)という。なるほど。

山田順は、西洋の少し昔の時代に合わせて解説しているが、私の言葉で言い換えるなら、アートはヒトが創るものについて学び、サイエンスは自然界の法則について学ぶものだった、ということになるだろうか。これも言葉の意味としては良く理解できるのだが、なんだか、イマイチ合点がいかないというか…。

Darwinroom2

そんなとき、下北沢にある好奇心の森「ダーウィンルーム DARWIN ROOM」というお店に行くことになったのである。ここは、久米宏と壇蜜が出演する「久米書店」という番組で収録場所に使われているので、ご存知の方もあるだろう。私も数回、壇蜜に釣られて見たことがあった。なんだか、不思議な博物学的空間なのである。そしてここのWebサイトの「理念」というところを読んで驚いた。(http://www.darwinroom.com/ 以下サイトより抜粋)

「科学的な知識や技術・教育の専門化が進めば進むほど、その専門の境界を越えて動くことのできる、自由で柔軟な精神としての「教養」が必要だと考えます。「教養」とは英語で「リベラル・アーツ = liberal arts」といいます。学ぶことが、ある実用的な目的とか、それを勉強すると有利になるとかではなく、自分自身がもっと知りたい、もっと深く考えたいという欲求に忠実に学び、その学ぶという行為を通じて自分自身を自由にしていく力、知らずに成り行き的に決められる状況から自分自身を解放していく力、それがリベラル・アーツです。……(後略)」

ん~これこれ。そうなんですよ。これですべて解決。ジョブズは「交差点」と呼んだが、日本人には「縦糸と横糸」という表現のほうがわかりやすいのではないだろうか。機会があったら、サイトの全文をチェックしていただきたい。物体としてのモノをつくる力はテクノロジーから生まれるのだが、それが人間が使うものである以上「何のために?」「どんなものを?」「どんな使用感で?」……といったことを考える必要があるし、そのためには人間力が必要であり、そのための学問が「リベラルアーツ」ということなのだ。ここはまさに日本のモノヅクリに欠落した部分である。素材や技術は生み出せるのだが、それを何にどう使ったらいいのか提示できないのだ。せっかく技術開発しながら、美味しい部分は持って行かれてしまう……。

それにしても、このDARWIN ROOM「教養の再生(LIBERAL ARTS LAB)を理念に、選りすぐりの古書と動物剥製などの標本や、研究生活に便利な道具の販売と、専門家を招いたリベラルアーツ・カフェ」というコンセプトがスゴクナイデスカ? 下北沢にお越しの際はぜひお立ち寄りください(コマーシャル?)。

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2015年3月18日 (水)

■“知的自転車”のもう一つの意味

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ジョブズは、子供の頃見た「サイエンティフィック・アメリカン」がモトだと言っているが、アラン・ケイも同様のことを言っている。まぁ、この考え方は、特別珍しいものではないと思う。工学系の考え方をする人間は、少なからずこういう思っているはずだ。それは、「テクノロジーが人間の能力を拡張する」という考え方である。ジョブズは、Apple Ⅱ発売時にこれを「知的自転車」と表現した。オリジナルでは動物にかなわないが、自転車という道具を使えば、人間の移動効率は動物たちを超えることができる。

それで、私の最初の著書にも「21世紀への知的自転車」と副題に付けてあるのだが、当時の読者にどれだけ理解されたか、かなり疑問である(笑)。

私はこれまでこれを、たんにフィジカルな次元での話と考えていた。(*)

ところが、昨日、服部桂氏(朝日新聞社)のお話を伺っていて、そうではないと気づいたのである。当時の西海岸にいたヒッピー(のうちの能力の高い人たち……含ジョブズ)は、初期のオモチャのようなパソコンを見てドラッグ以上の「スッゲーものだ」と見破ったのではないか。ドラッグというのは意識を拡張するものとして知られている(私は未経験なので想像するしかない)が、パソコンがこれを超える革命的なもので、人間の(広義の)意識を拡張するに違いないと考えたのだろう。当時のパソコンは原始的なもので能力も低く、「世界中がつながる」と思えるようなシロモノではなかったが、「この能力を個人で持てれば、世界が変わる」と想像できたのだ。少なくともスティーブ・ジョブズには。

すでに「60年代米国西海岸IT起源説」のようなものがあることは承知している。東海岸(メインフレーム)対西海岸(パーソナル)の意識も背後に働いたかもしれない。カウンターカルチャ、オルタネティブの潮流がパーソナルなコンピュータのバックグラウンドにあったとするのは、かなり確かな気がする。

たとえばジョブズは、MacintoshにLocalTalkというネットワーク機能を標準で内蔵させた。能力的に低いものだったが、OS側に用意されたAppleTalkというプロトコルは(Ethernetのような)性能の良いハードウェアが出来れば、そのまま仲間に入れることができた。余談だが、私は、Apple社のこういうところ(仕様の定義のしかた)が好きである。M社では絶対に起こらないことだ(笑)。

ともかく、ジョブズのパソコンはネットワーク機能を持つことが必要だった。そしてその30年前の彼の直感は正しかった。IBM PCが(仕事で必要になったので?)標準でネットワーク機能を内蔵したのが何年ごろのことか知らないが、そういうマシンを革命的とは言わないのである。少なくともスティーブ・ジョブズの定義では、そーゆーことなのだ。彼は必要なモノは盛り込んだのである。少しぐらい値段が高くなったって、「そんなことは知るか!」という気持ちだったとしても、わからなくはない。

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2015年2月17日 (火)

■スタンフォード大学卒業祝賀スピーチの解釈

先日、2回だけだったが大学の講義でスティーブ・ジョブズを扱った。1回めは生涯を俯瞰して何をした人かを説明し、2回めは有名なスタンフォード大学での卒業スピーチについて解説をした。授業はほぼ順調に進んだのだけれど、ジョブズの話をすると話題がたくさんあって、つい時間が長くなってしまう。それで授業では少し言い残したことができてしまった。それを、ここで書いておこうと思う。

これはジョブズが2005年6月12日に行なった有名なスピーチであり、ジョブズを紹介する書籍ならたいてい登場するエピソードの一つだし、紹介するWebサイトも多数ある。歴史に残る名スピーチと言われているものだ。スタンフォード大学とジョブズは、彼の行動範囲にある優秀な大学という以上に浅からぬ因縁で結ばれていたから、ちょっと気合を入れてスピーチに臨んだのではないかと勝手に想像している。高木利弘さんのお話では、もともと依頼していたスピーチライターが何故か原稿をよこさなかったので、直前になって自分で草稿を起こしたらしい。自分の経験から重要なエッセンスを取り出して、後輩に伝えようとしたのである。

このスピーチは、3つの話で構成されている。3つの話とは、「点をつなぐことについて」「愛と敗北について」「死について」である。詳しい内容は、関連書籍かどこかのWebサイトでご覧頂きたい。

ジョブズは最初に、たったこれだけだといっている。けれど、ひとつ、ふたつ、みっつ、あ、ホントに3つだぁ~。では困る(笑)。個々の話は特別難しいことはないだろう。2つめの話にちょっと技術的な説明が必要かもしれない、と思うくらいだ。全体的に仏教思想が色濃く反映しているのだが、この3つの話をどう解釈するか……。

私の考えでは、「点と点がつながる」のは、そこに「愛があるから」であり、そこに「愛がある」のは、「やがて死が訪れるから」なのである。説明なしにダイレクトにつなげてみたけれど、たぶんこれだけでご理解いただけるのではないだろうか。つまり、3つの話はお互いに関連している、と私は解釈しているのだ。

前段の「点と点がつながるのは、そこに愛があるから」というのは授業でも話したのだけど、後段の「愛があるのは、やがて死が訪れるから」というのは話さなかった。物理的に時間が不足したこともあるが、学生たちには年齢的にちょっと気の毒な気もしたし、理解できるかどうか疑問もあったからだ。

私は、この話はジョブズが「成功の秘訣を説いたもの」と考えている。ジョブズとしても、わざわざ出かけていって何の役にもたたない話をするつもりはなかっただろう。大学を卒業して社会に出て行く者に、自分は何を語るべきか考えたはずだ。もちろん、学生たちが聞きたかったのも「どうやったら成功できるか」だったはずだ。

そして、……いちど地に落ちたカリスマではあったが……ジョブズにはこれを語るだけの資格があった。2005年といえば、ジョブズがアップルに本格的に復帰して8年。iPodを発売しiTunes Music Storeをオープンして2年後だ。売上は急上昇している。そして、この2年後にはiPhoneを発売し、Apple ComputerからAppleへ社名を変えるのである。ジョブズには、もうじきアップルが世界一の会社になるとわかっていたのではないか。そしてその会社は、自分が設立し育てた会社なのである。彼が成功の秘訣を説いたとしても、誰からも指弾を受ける心配はなかったのである。

Applejobs35years



※2005年がどんな時期だったか、図に示してみた

※図のカーブは売上額でも時価総額の値でもない。たんなるイメージ、占いで言う「運気」のカーブみたいなものと考えてください

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